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5/22(土)

有山じゅんじ

バンバンバザール

師匠やっぱり散歩にしときましょうツアー 2021

 

師匠ツアー復活でリブラボでワンマン。配信もございます。コージー大内も初参加!全国の皆様にはぜひ見ていただきたいです。当日会場の客席は40名までとなっております。

コロナ感染対策万全で楽しみましょう!

 


出演:

有山じゅんじ
バンバンバザール
●福島康之 Vo,Gt●黒川修 Ba
松井朝敬 Gt,Steel Gt,Ukulele

ゲスト:

コージー大内

 

 

2021年5月22日(土)
開場17:00/開演17:30
前売4,000円/当日4,500円
(ドリンク別)
リブラボホームページでご予約受付中

※配信あり
配信チケット2,000円
TIGETで予約受付予定

(アーカイブは3日間ご覧いただけます)

有山じゅんじ
1953年、大阪生まれ
1960年代に多感な10代をすごし、12才からギターを持ち始める。1968年「五つの赤い風船」に参加。
1973年「上田正樹とサウス・トゥ・サウス」を結成。
1975年日本のロック史に残る正真正銘の傑作『ぼちぼちいこか』『この熱い魂を伝えたいんや』を発表、一躍全国にその名をとどろかす。
1976年のバンド解散以降ワンアンドオンリーなフィンガーピッキングと歌声を武器に、アコースティック・ギターの弾き語りを中心としたソロ活動を開始。
音楽のジャンルにとらわれずにいろんなセッションを続け、ありやま♪ミュージックをめざして今日も<グルグル>進化しつづけている。

バンバンバザール

1990年結成。ストリートの演奏がきっかけでギタリスト吾妻光良氏に見いだされ、1stアルバム「リサイクル」でデビュー。JAZZ、JIVE、JUMP BLUES、FOLK、COUNTRY、LATIN、HAWAIIANなどオールドタイミーで様々なルーツの香りのするGOOD MUSIC作品をこれまで発表し続けている。バンバンバザールは現在、福島、黒川の2人を中心にメンバー、音楽性、演奏スタイルともに常にフレキシブルであるものの、結成以来一貫して「ライブ!」生の音楽にこだわった活動をし続けている。もちろんまさに日本全国またにかけたツアーもライフワークとなった。

2002年より既成の音楽イベントに飽きたらず、シーンの交流をはかるため、キャンプ場を借り切っての屋外イベント「勝手にウッドストック」を毎年開催、ステージ設営、フード、運営までしっかりこだわり数多くのアーティスト、ファンと一体化した盛り上がりを見せている。自らのレーベル「HOME WORK」を立ち上げ、アーティストのCDプロデュース、活動のサポート、2006年よりFM NACK5で「GOO GOO RADIO」のパーソナリティも務め、まさにGOOD MUSICの種をまき続けている。

松井朝敬
1971年兵庫県生まれ。Sweet Strings代表。ギターを有山じゅんじに師事。関西を中心にライヴ活動を通じて、1900~1940年代のスウィング、ジャズ、ハワイアン、ラグタイムなどを手掛ける日本でも珍しい演奏家。ハワイアンスティールギター、ギター、ウクレレ、マンドリンなどさまざまな弦楽器を演奏する。近年はバンドSweet Hollywaiiansを率い、日本国内に留まらずアメリカにも活動の場を求め、戦前の奏法を今に伝える演奏家と共演し、高い評価を得ている。

コージー大内
大分県日田といえば林業の町、文化的には佐賀や福岡に近い。ろくに働かず、ギャンブル好きな親父をもった大内家族は夫婦で日田、大鶴村の公民館で住込の管理人をして生活した。その頃の様子が名曲「大鶴村のサイレン」に微笑ましく描かれている。
10代の頃、ボブ・ディランに傾倒していたコージー大内は、21歳の頃にテキサスのブルースマン、ライトニン・ホプキンスのブルースに出会い、ライトニンをひたすらコピーする毎日を送る。

21才の頃、故郷の友人を頼って上京、阿佐ヶ谷の4畳半での共同生活が始まった。当時働いていたとんかつ屋で阿佐ヶ谷のブルースバー、ギャングスターのジョニー(現、じょに)に出会い、ブルースの弾き語りを本格的に始める。ジョニーにライトニン大内と命名され、ライトニン・ホプキンスのカバーで中央沿線のブルースバーで腕を磨いた。
30代になったころひょんなことから自分の国の方言、日田弁でブルースを歌う事を思いたち、徐々に人前で歌うようになる。日田弁のノリと、ギャンブル狂親父との生活感溢れる詩が評判を呼び、2008年「角打(かくち)ブルース」で鮮烈のデビューを果たす。方言をブルースにのせて歌う、新しいスタイル「弁ブルース」の誕生である。
CD「角打ブルース」は普段本場のブルースしか評価しない日本のブルースファンの心も掴み、多いに評判となる。音楽雑誌のみならず九州各地の新聞にも取り上げられ、朝日新聞の「ひと」欄でも紹介された。

その後、全国各地から、ライブ依頼が来るようになり、現在、北は青森、南は熊本まで、年間50本以上のライブをこなす。
「角打ブルース」から8年、コージー大内の東京生活の始まりでもあり、自身の音楽人生の始まりでもある阿佐ヶ谷。そしてライトニン大内が産声をあげたブルースバー「ギャングスター」に思いを馳せ、同じ地で初のライブ盤が吾妻光良氏により収録された。トークにも磨きがかかったコージーの音世界は「一番街」LIVE AT チェッカーボードとしてをマルヨシレコードから2016.7.17にリリースされることとなった。